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kanjuseitosyakaitojounetsu’s diary

コミュニケーション(意思疎通)、マーケティング、広告、メディアのブログです。経営分析、投資分析、ビジネススキルの目線もあります。これらの観点から様々な事柄を分析します。

アマゾンの電子書籍戦略について、なんだか納得がいかない

CM ブランド マーケティング 社会

アマゾンは、キンドルというブランドがある。電子書籍では、売れている。

というか、圧倒的だ。CMもしていた。少し見てもらいたい。

 


Amazon Kindle Paperwhite TVCM Japanese - YouTube

なんというか、気持ちが感じられない、

愛着が湧かない。

あくまでも、便利さや、つかいやすいとかそういうイメージだ。

すこし、このアマゾンのブランドについて考えたい。

そもそものブランドイメージについて考えたい。

ブランドとは、様々な定義があるが、広告マンが発明した概念で、明確な違いの認識という定義だ。

メルセデスベンツを例にしたい。

まず、ステータスがある。日本でのメルセデスは、お金持ちというものだ。

もう少しイメージを伝えると、ルイビトンのバッグみたいなステータスだ、ヒエラルキーに関わるものというイメージだ。

ヨーロッパでの、メルセデスのイメージは、少し違っていて、高品質という信頼のイメージだ。

最後のブランドイメージは、愛だ、愛着といっていいだろう。古いメルセデスに注がれた深い愛情、人生をともにした車という意味だ。

そこでだ、

アマゾンは、いまいちピンとこない、どれにもあてはまらないのだ。

つまり、便利なだけ。しかし、売り上げや社会への影響が大きい。

この謎がある。

最近、これを説明している記事を見つけた。

cakes.mu

 でも、私はずっと前から「読者をAmazon依存症にする」というAmazonの恐ろしい企みには気付いていたのだ。わかっていたのにすっかり依存症患者になり、今年もAmazonで散財し、11月13日現在で200冊以上読んでしまった。

 そう、ピンときた。アマゾンは、あくまでも個人に焦点をあてている。個人が中毒のように消費する。他者へのいたわりとか、感受性とかそんなものはないのだ。

とくに、他人のこととか考えないような感じの人に売ることが得意な気がする。

あくまで、個人の独立性が前提とある、そのうえで人々が生きている、といった

メッセージを感じるのだ。

アマゾンや楽天が注文から数時間で届くサービスを提供しだした。

それは、便利なことだ。

そのサービスはどれだけ人を幸せにするのか、狙っている消費者は、どのような人なのだろうか。法人需要の気がしてならない。

ターゲットとなる人は、他者へのいたわりとか、人の喜びが自分の喜びとなる、そんな人ではない気がするのだ。

その違和感について書いている記事を見つけた。

p-shirokuma.hatenadiary.com

 ところが現代人はそれをクレイジーだとは思いません。進歩的だとさえ思っています。どれほどテンポがせっかちになっても、どれほど人間疎外な暮らしが浸透しても、社会全体でやっていれば誰も赤信号とは思わなくて、長所ばかりが注目される――人類史とは、そういう「ある時代には常識でも、別の時代には狂気としか思えないような暮らし」の堆積とも言えるかもしれませんが。

 このような感想が視線としては必要だろう。アマゾンの配達ニュースが好意的、少なくとも否定的ではない、ニュースの文脈で伝えられた。

このニュースは、もっと否定的でいい。アマゾンは、ブラック企業だと堂々と報じて、その企業が短時間での配達を始めました、そんなニュースがあるべきものだ。

3時間で届くものを必要としている人は、何か間違っている、いや間違ってはいない、

人間として大切な感情である、感受性を失っているのだ。

人が苦しむとか、他人の幸せが伝わるとか、そのようなことがない人にアマゾンは、焦点を絞って戦略を立てている気がする。

アマゾンのブランド力は、ない。

強みがあるとしたら、使い慣れたサービスで慣れているということだろうか。

そこに愛着はない。私はアマゾンのサービスは、3年使っていない。

なくても困らない。

 

私がアマゾンについて書いた記事はこちら。