kanjuseitosyakaitojounetsu’s diary

コミュニケーション(意思疎通)、マーケティング、広告、メディアのブログです。経営分析、投資分析、ビジネススキルの目線もあります。これらの観点から様々な事柄を分析します。

TPPを日本人の冷たさという政治の特徴から分析する。アメリカが農家より大切なことは自明だ。

TPPの交渉が徐々に説明されてきた。

この政治の流れをある一定の観点から分析してみよう。

このブログは、ブランドとバブルという目線が一つの目線だ。このブログは、感受性というコミュニケーションを一つの大きなテーマとしている。それが表れやすいのが、ブランドだ。

ブランドという概念は、ブランドイメージというように、広告業界が発祥の言葉だ。

ブランドとは、違いを表す言葉で、それが固まったものだ。

コミュニケーションでいうと、誰々さんのキャラみたいなものだ。

コミュニケーションという日常生活で役に立つ概念だ。

つまり、コミュニケーションの一部だ。

そのコミュニケーションの、それまた一部には、交渉という部分がある、イメージは、冷たい非人間的な取引だ。

TPPは、長い交渉をしていた。

このブログでは、日本人のコミュニケーションという観点から、今回のTPPの結末が

予測できたということを説明したい。

TPPの結果

 

dd.hokkaido-np.co.jp

引用を要約すると、以下になる。農家は、自分たちが守ってもらえると考えていたが、守ってもらえなかった。

旭川岩見沢自民党は14日、大筋合意した環太平洋連携協定(TPP)に関する懇談会を旭川岩見沢の両市でそれぞれ開いた。地元農家からは先行きへの不安や支援を訴える意見が相次いだ。

 旭川自民党道6区支部の主催。JA上川地区青年部協議会の今野邦仁会長は、「若手生産者の多くは、重要5農産物を関税撤廃の対象から除外するよう明記したとする国会決議が守られたとは思っていない。将来を見据えた設備投資ができるような施策を」と訴えた。

 党道連TPP問題対策本部長の今津寛衆院議員比例代表道ブロック)は「若い人のやる気がなくなるようなことをやってはいけない。農業に携わる人の所得安定を重要視し、応援したい」と答えた。

TPPはいろいろ論点があるが、日本では、ざっくりいうと、農業の問題だ。

日本の農業と政治は、長い問題がある。

一つは、農業やってる地方における、一票の格差だ。

これは、一つの記事にしてあるので、時間があれば確認してもらいたい。

 

 

kanjuseitosyakaitojounetsu.hatenablog.com

 

日本のコミュニケーションにおける、農家がTPPで守られない分析

では、なぜ、農家は守られなかったのだろうか。

それは、日本のコミュニケーションでの問題である。農家を守るためには、農家という生産者の世論だけでなく、消費者の世論が必要である。

彼ら農家は、消費者を味方につけることができなかったのである。確かに、農家は様々なアピールをしたが、今回は、相手が悪かった。相手は、アメリカである。自民党にとって大切なのは、アメリカである。アメリカが自民党という日本の支配者層に最大の恩恵を与えているからである。

農家はどうすればよかったのか。

農家はどうすればよかったのか。

議論は、シンプルだ。彼らの主張を聞いてもらう必要があるが、農家はそもそも聞いてもらえさえしなかったのだ。都会の人々はこう考えている。農家の人は、都会の人の声を聞かないし、農家の人は、沖縄の人の声も聞かない。彼らの主張に耳を傾けない人々の主張を農家は、気にかけないからだ。

もちろん、日本人は一般的に違う立場にある人々の声を聞くことはしないし、助けることもない。

これは、国際比較の研究では常識だ。

そのため、彼らは困ったときに人々に助けを求めることができなかったのだ。

農家は、沖縄の声を無視している。そしてその重要性を忘れている。

この論理は、非常に大切で、第二次世界大戦でドイツがポーランドに侵攻したとき、ナチスユダヤ人を虐殺しはじめたとき、人々は、何もしなかった、声を無視したことが悲惨な戦争につながったことを理解しているヨーロッパの人には重要視されている、もちろん市民全てが理解しているわけではない。

彼らが最初共産主義者を攻撃したとき - Wikipedia

 ナチが共産主義者を襲つたとき、自分はやや不安になつた。
けれども結局自分は共産主義者でなかつたので何もしなかつた。
それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。
けれども自分は依然として社会主義者ではなかつた。そこでやはり何もしなかつた。
それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、
そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかつた。
さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であつた。
そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであつた。

 このような事実をもとにして日常生活をおくると有意義かもしれません。