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kanjuseitosyakaitojounetsu’s diary

コミュニケーション(意思疎通)、マーケティング、広告、メディアのブログです。経営分析、投資分析、ビジネススキルの目線もあります。これらの観点から様々な事柄を分析します。

オリンピックという国際関連で日本の広告デザインのあらが目立つ必然性分析

ブランド 社会 マーケティング オリンピック

オリンピックという国際関連で日本の広告業界のあらが目立つ必然性を分析してみたい。

この分析でわかることは、短期的には、最近の広告の模倣という話題について詳しくなれる。

長期的には、グローバル化でいろいろな商習慣が変わることが推測できるl。

 

本文

やはりおさえておくべき事実は、今回のオリンピックのロゴの模倣とトートバックのぱくりだろう。

結論は、日本と世界の広告ルールがちがうこと、日本の広告ビジネスのルールと日本のスポーツのルールのちがいが明確にぶつかった、ただそれだけだ。

 

まず、まとめを確認しよう。

 

francepresent.com

 

分析

 国際的な広告デザイン業界の考え方と日本独特の広告デザイン業界の考え方の違いが、国際イベントであらわれるという分析だ。

「考え方のルール、決まりが違うのだ。」

国際的な広告の世界の常識と日本の常識がずれていることの表れといっていいだろう。

日本の場合、電通が協力で、一業種一社制もない。トヨタの広告も、ホンダの広告も電通はつくることができる。ちなみに、フロアが分かれているから内部的には問題ないとのことだ。

このように、日本独特の考えが多くある。デザインの美しさや独自性よりも業界内のコネが大切だ。海外は、同じ広告業界であってもかなりルールが違う。公共広告への貢献やそもそもの社会の弱者への考え方も違う。ブランドをつくる考えを社会がもっている。

日本社会は、人々が冷たく、他人が、とくに弱者が苦しもうととくに何も思わない人々が主流だ。

その差が、このようなときにあらわれる。

デザインでぱくりをすることにたいしては、罪悪感とか自分の作品への想い、そのような違いがあらわれる。

2ちゃんねるをはじめたひろゆきは、以下のように論理を説明する。日本のビジネスとスポーツの論理、ルールはちがう。それらがまじわるときに、違和感がうまれ説明できる。

 

ビジネスのルールとスポーツのルール

東京五輪パラリンピックのエンブレムを手掛けた佐野さんがサントリービールの景品のデザインがパクリだったと認めたわけですが、
「スタッフがパクったけど、ぱくったのは、スタッフで僕じゃないから!」ってな主張をしています。
んで、「オリンピックのエンブレムは、スタッフは関わってないから、問題ないよ」ってことですね。

(略)んで、オリンピックのエンブレムに話を戻しますが、2020年東京オリンピックの大会組織委員会は「(景品のデザイン問題は)他社の案件で組織委とは無関係である。エンブレムについては、問題は全くないとする立場に変わりはない」と言ってますけど、これは、ビジネスの論理でルールを解釈した場合ですよね。

スポーツの論理でルールを解釈した場合は、部下が不正をしたら、連帯責任でアウトですよね。